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  AA1:大学では建築とデザインを専攻されましたが、アート方面に進んだきっかけは?
VP:もう小さい頃からずっとアートに興味があったんですね。ペインティングはあまりうまくなかったけれど、常に正しくアートを理解、評価していたんです。いろいろモノを作ることが大好きで、16歳の時にとにかく「建築の大学に行こう!」と決意して。でも目指す大学は狭き門だし、両親が心配してしきりに「ロースクール(法律の大学)はどう?」なんて奨めたりするわけ(笑)。私は「No」と言い続け、こうなったら何が何でも建築の大学に進もうと躍起になりました。それで、落ちたらまた受けようという覚悟で受けたんですけど、ちゃんと最初の年にパスしましたよ。
  私たちは、ユーロ・セントリック(欧州中心)の歴史や文化、アートを学ぶ教育を受けてきたました。勿論、学校では一般教養として欧州以外の国の歴史も勉強しますが、南米や極東については継ぎはぎの知識しか得られなかった。深く掘り下げて、ワールドカルチャーを学ぶ事はないんですよ。私は、アメリカに来て、日本建築の素晴らしさというものを発見したんです。磯崎新とか、有名建築家の名前程度はそれ以前から知ってましたが、日本建築が持つミニマリズムと美を知ったのはアメリカ以降です。同じく、南米の文化についても多くを学び、南米建築の色の豊かさと色使いには感銘を受けました。建築様式やインテリアデザインなど、その簡潔さと美においては、南米と日本のものは似ていると思います。色に関していえば、南米文化のものは突出していると思います。

AA1:ご自身のファッションや、創作活動の一環として撮り続けている写真、そしてデザインの仕事など、ヴェスナさんの色使いも独特ですよね。
VP:自分でも面白いと思ってます(笑)。洋服の色は大抵モノクロマティックに抑える傾向があるけれど、デザインや写真を撮る時は違いますね。もっと原色に惹かれる。原色の明度、コントラストを引き出し、原色同士のぶつかり合いや調和を表現したいし、探求していくのが好きなんです。

AA1:インスピレーションは何から得ていますか?
VP:私たちの周りにある全てのものに、インスパイアされてます。いろいろなものが私の想像を掻き立ててくれると思うから、いつも感覚を研ぎ澄まして、過去と現在の両方の物事を見るようにしてるんです。その中から、自分にしっくり合うものをピックアップするようにしています。意識的にこういう作業を行うこともあれば、もう無意識のうちにピックしていてそれが自分の一部になっていることもよくあります。無意識に選んだものは、ある意味本当に自分の感性にぴったりあってるんですよね。

AA1:どうやってグラフィック・デザイナーのキャリアをスタートさせたんですか?
VP:大学卒業後に交換プログラムで渡米し、最初は建築家として企業で働いたんです。その会社は小規模のデザイン・プロジェクトも行っていて、彼らと社内の製作作業スペースを共有していたんです。そこで色々経験をシェアするようになり、自分自身「グラフィック・デザイン」というものを再発見したんですね。例えば、アメリカは徹底的に資本主義社会ですよね。全く同じ商品同士の競争というものがない。一つ商品をつくれば、それで終わり。つまり、あるミルクブランドにパッケージを作ったら、それでOK。人はこういうことには結構、無頓着なものです。西側に来ると、カラフルで美しいものを消費するのを楽しめる。イタリア製のものとか、各国の製品を消費できる。まあこんな具合に、アメリカに来て「デザイン」というものの可能性を再発見したんです。それから建築家とデザイナーの仕事を並行して行うようになり、2年ぐらい過ぎた頃に、どれか1つに集中しようと。2つ同時にやるのは、ものすごい疲れちゃったから!(笑) デザインの方が早く仕事が進められるし、成果が現れるのも早い。だって、フランク・ゲイリーはディズニー・ミュージックホールの完成に15年もかけたじゃないですか!(笑)。インスタントな結果を出すならグラフィック・デザインだ!とデザイナーになったのがそもそもの始まりです(笑)。

AA1:グラフィック・デザインの社会的性質は、どんな点にあると思いますか?
VP:デザインが、現代の社会構造に影響を及ぼしているのは本当だと思うし、社会問題と共に成り立っているのも事実だと思います。例えば政治ポスターは、アメリカに限らず世界中どこでも目にしますよね。これらの作品は、人々の生活に影響を及ぼし、意識を変えることもある。でも、私が思うのは、日常のデザイン、つまり日々目にするもの、日々消費しているもの、これらもグラフィック・デザインだと思うんです。例えば牛乳ビンとか新聞とか本は、誰かがデザインしたもので、いかに不特定多数の人がそういう日常のデザインを目にしているか、私たちデザイナーは意識するべきなんですよ。同時に気をつけないといけないのは、どういうタイプのデザインを施し、どんなメッセージを送っているのかということです。以前は、商品を売るというためだけの間違ったデザイン、ひどいデザインが多かったですから。これに比べれば現在は多少は、デザインの政治的な正当性を打ち出し、正しいデザインをするという価値観を多くのデザイナーが取り戻しているように思いますけど。グラフィック・デザインは社会の一部なわけですから、何をしようと、どういう風に人に受け止められるか、どのように社会に露出されるのか気をつけないとならないと思います。

AA1:アメリカ、ヨーロッパ、アジアそれぞれのグラフィック・デザインのスタイルには、どんな差異があると思いますか?
VP:多くの文化相互関係、国際的な影響力が高まり、同時に境界や地域性が曖昧になったことにより、デザインの領域もますますグローバルになっているとは思います。ただ、アジアのデザインに関して言えるのは、中国やインドネシアのデザインはまだ発展途上だと思うんですよ。中国は長い間、政府によって「表現」が抑圧されてきましたし、まだ資本主義文化というものを持っていない。加えて、強力すぎるほどの「中国スタイル」というものを過去に持っているから、それに頼りすぎている傾向もある。他のアジア諸国は、イミテーションから入っていますね。アメリカで流行っているクールなもの、面白いものをまだ真似する段階です。対して、唯一日本は、長い時間をかけてさまざまなスタイルを混ぜ合わせ、独自に発展させてきた。第2次大戦以降、自由な国としてやってこられたから、独特のデザイン・スタイルを発展させる時間が十分にあったのではないでしょうか。クリーンで、美しい色のコンビネーションという、とてもはっきりしたスタイルを持っていますよね。そして形、シンプルさ。ディティールに凝ったものでさえ、シンプルなんですよ。本当に独特だと思います。
  これはあくまで私の認識の範囲でしかないんですけど、欧州と日本、アジアの国々のデザイン&アートの教育方法は、中国も含め、それほど大差ないんじゃないかしら。学校の質によって違うとは思いますけど、美術の一般的基礎過程や教養課程も勉強し、ドローイングも取らないといけない。対してアメリカは、グラフィック・デザインの歴史や美術史は、勉強しても1セメスター(1学期間。約4ヶ月)ぐらいで短い期間で修得する。欧州やアジアは4年間たっぷりやって、特定の感性・感覚の創造や、ものの考え方を育てる。ここに差が表れると思うんですよ。だから欧州やアジアのデザインの方が、よりコンセプシュアルな気がするんですね。アメリカは、とにかく物凄いスピードで仕上げる事が要求されるので、慎重にコンセプトを考える時間が少ないように思います。いかに「時間」をコントロールするかという動きが顕著ですよね。
(インタビューつづく)


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