ノーマン・ヨネモト氏。弟のブルース・ヨネモト氏と共に、ブルース&ノーマン・ヨネモトとして、70年代後半からビデオやフィルムなどメディアを駆使した作品を次々に発表。ビデオ・インスタレーションの黎明期から独自のスタイルを確立し、アメリカ西海岸を代表するアーティストとして国内外で多数の展覧会に参加、国際的に評価されてきた。奇しくも兄弟の大回顧展が国立日系アメリカ人博物館(ロサンゼルス・リトル東京)で開かれた1999年に、二人のコラボレーションは終わりを告げるが、その後もお互い、個人での活動を続けている。ノーマンさんは現在、ロサンゼルス・チャイナタウンの「LMANギャラリー」(オーナーであるマン氏のインタビューはここをクリック)で、個展「IT’S ABOUT TIME…」を開催、「 The Wall Clock Series」を発表中だ(2005年2月12日まで)。植え込みに囲まれた、南カリフォルニア特有のバンガロー・タイプの一軒家に住むノーマンさんを訪ね、話を聞いた。
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ARTas1編集部(以下編):元々フィルム・メーキングがご専門でした。ビデオ・アートを始められたきっかけを教えて下さい。
Norman YONEMOTO(以下NY):UCLAの大学院(School of Film)と、American Film Instituteでフィルム・メーキングを学びました。ハリウッドの映画の作り方が嫌いで、クリエイティブではないなと感じていたんです。ファイン・アートを専攻していたブルースが「ビデオ・アート」を見つけ、じゃあそれをやろうと。ナムジュン・パイク(註1)が頭角を現してきた当時の事で、「ビデオ」はハリウッドと比べ完璧にオルタナティブなメディアでした。こうして二人で、ハリウッドを批評するというコンセプトのもと、制作を始めた訳です(註2)。
ワシントンDCにある国立フィルム・アーカイブ・センターでリサーチ中に、第2次大戦中の日系アメリカ人強制収容所を記録したフィルムを発見しました。当時の米政府機関WRA(War Relocation Authority)が撮影したプロパガンダ・フィルムで、日系人に対し、収容所(キャンプ)をよく見せるように作ったものです。フィルムはカメラから取り出されたままの編集されていない状態で、私とブルースはこれを使って、キャンプとは何だったのか考察する作品を作りたいと思いました。しかし、私達はこのプロパガンダ・フィルムが捏造されたものだという事を伝えたいわけで、WRAのように“編集”の手を加えたくない。そこで、フィルムの1ショット毎の細部を拡大しスライド(写真)にしました。その細部には、キャンプの建物の角に佇み、女性が微笑んでいる姿が写っている。これを、フィルムを映写したスクリーンの裏側からプロジェクターで投影したところ、とても感動的な、12分間の完全なサイレント映像が仕上がりました(註3)。
このように、ビデオ・プログラムを作るというより、ビデオ映像を用いた彫刻、インスタレーションを手掛けるようになったんですよ。
編:実物大の「モアイ像」を模した彫刻にモニターを組み込んだ作品(註4)は印象的でした。
NY:あれは作るのに随分年月がかかりました。私達の作品は大きいスケールのものが多いんです。その中でも小さい作品というと、「A Matter of Memory」(註5)。これを制作した際、カメラやモニターがコンパクトだとコラージュするのに容易だと気づきました。小さい素材同士を構成しても、お互いすんなり混ざり合う、素材一つ一つが完成した作品を凌駕することがない。小さい作品なら毎月1つは制作できるし、費用も時間も節約できる。次々に浮かぶアイデアを即、具現化できる。ここが魅力だなと思ったんです。そこで小さい作品を作ることに集中するようになり、シカゴにあるArt Instituteへジョセフ・コーネル(註6)のコレクションを見に行きました。(コーネルの画集を捲りながら)私の作品はもっと立体的でディメンションが深いですが、コーネルの作品を見て「これだ!」と思いましたね。このアイデアならば、各々のボックスに様々に違う主題やアイデアを収納できる、とインスパイアされました。
編:フィルム・メーキングとファイン・アート制作に相違点はありますか?
NY:フィルムもファイン・アートも、創作の原点は同じです。要は“ディシジョン・メイキング(decision making)”、決定/判断を下すこと。作品を作る場合、何を入れて何を除くか判断することが重要だし、人生においても、どういうことに焦点を当てるべきか決めることが大切。全てに着目するのは無理ですからね。私は、オーディエンスに、私の作品を見る時に何かを感じ取ってもらいたい。だから作品の要所要所に、彼らを“操る”為の要素を散りばめています。楽しい、悲しい、憤る、ノスタルジックな想いに浸るなど、どの様にも反応してもらいたい。観客のリアクションを引き出すのが好きなんですよ。このリアクションを引き出すために、製作過程でのディシジョン・メイキングが必要になってくるわけです。
ビデオや映画は、比較的容易に観客の反応を引き出せる表現媒体であるとも言えます。そしてビデオも映画も「編集」する。物語のポイントをよく語る為に、シーンを切り張りします。例えば、エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」を見ると、“乳母車の赤ん坊”と“サーベルを振るうコサック兵”のモンタージュ映像が脳内で並列する。前後の関係性を判読し、更にイマジネーションの働きを要求する。私の「The Wall Clock Series」もこういう風に見てもらえれば。
編:「It’s about time…」のオープニング・パーティに訪れていた女性の一人は、「作品を見ていると、とてもノスタルジックな気分になる」と話していました。
NY:予測した通りの反応ですね(笑)。今回のシリーズは、日系人収容所で書かれた古いクリスマスカードを使ったり、逆回りする時計の映像を流す小さなモニターを配したり、いろいろなイメージの集積を綿密に構成していますが、それぞれの“構成要素”をどの順序で見て欲しいかは示唆していません。観客に委ね、自由解釈の余地を提供しています。そうすればもっと、新鮮な「驚き」を体験でき、見るたびに違った「驚き」を味わうことが出来る。
編:「Christmas Greetings From Tule Lake CA 1944」(写真参照)に使われているモノクロ写真はご家族ですか?
NY:そうです。(家族アルバムを持ち出しページを捲りながら)私の宝物ですよ(笑)。(写真を指差し)若い日の母です。シカゴに住んでいました。父は元米陸軍兵で、戦車を操縦していたそうです。
編:ハンサムですね。
NY:そうでしょう?(笑) 若い時はよく「映画スターのようだ」と言われていたようです(笑)。昔の写真には、人工的に着色されてますが、素敵だと思いませんか? このアルバムは母の手作りで、なかなか凝ってこしらえてあります。ここから幾つかの写真をスキャンし、鮮明にしたり手を加えたものを「箱」にコラージュしました。
写真以外に使ったのが、このクリスマスカードです。母が日系人収容キャンプにいた時に書いたものですが、これを見つけた時は驚きました。私にとってキャンプは、監獄と同義です。戦争のためにある人種が攻撃され、捕らえられ、閉じ込められる。私にはとても想像できません。なのに、当時の日系人の人々は、どんな過酷な状況にあろうとも、クリスマスを祝うことを忘れなかった。暗黒の時代を生きても、監獄のような場所に住んでいても、人は環境に順応し、尊厳を失わずに生きていける。それをこのカードは教えてくれた。見るたびに感動します。素晴らしいことですよ。
編:日系人強制収容所に関するお話は、どなたから聞かれましたか?
NY:母です。多くの日系人は、収容所のことを話したがらないのが通常ですが、彼女だけは違いました。収容所で何が起こったか、全て話してくれました。こういう事が、いつまた起こるか分からない、しかし決して繰り返してはいけないんだということを、私達に警告するために。本当に強い女性だったと思います。父は、米軍にいたので収容所に送られずに済んだのですが、皮肉にも彼の両親は「prison(キャンプのこと)」に送られました。
編:ご両親の体験は、作品作りに影響していますか?
NY:勿論です。収容所の話を聞いて以来、マス・メディアというものが社会の中でどう機能しているのか、プロパガンダとしてどう大衆を操っていくのか、いかに私達の生活に影響するのか、見極めたいという願望を抱いています。映画作りにも“プロパガンダ”は適応され、例えばスピルバーグは映画製作上でプロパガンダ・テクニックを使っている。彼の場合は人をいい気持ちにさせたり怖がらせたりというもので、政治的に影響力はありませんが。実際、アメリカ人はメディアを用いて社会・人を操作するのが巧いと思います。特にダークな要素を演出し、社会を煽動する。レイシズム(racism=人種差別)は最悪非道ですが、これもマスメディアにより操作されているケースが多い。日系人キャンプがいい例です。
私はクリスマス・ピースの中で、鉄条網で作ったDNA螺旋をクリスマスツリー風に仕立て、レイシズムについて表現しました。私達は皆、DNA分子の中に閉じ込められ、「人種」は遺伝子により決定される。まあ人種に限らず多くのものは遺伝子により操作されてるわけですが、どの遺伝子を持つかは私達自身は選べません。祖先から伝達された“財産”であるのに、DNAの中で身動きが取れなくなっているということを、日系人収容キャンプの事実とからめて表現しました。
編:それでも、作品には温もりがあり、過酷な状況でもクリスマスを祝った人々への静かな喝采を感じます。
NY:作品には必ずユーモアを盛り込むようにしています。アイロニーと、遊び心も加味している。私は、人生を楽しんでいます。すべてがダークなものだとは、決して思っていません。どんなに辛い状況にあっても、必ずユーモアを持って対処する。難しいことじゃありません。
私はカリフォルニアに生まれ育った「3世」ですが、「日本人」であるという意識は常に根底にある。今回の作品も、ほろ苦さや喪失されたシンボルを配し、私の中ではとても“日本的”な構造を持っているんです。
あらゆる人にメッセージが届くよう、作品作りには工夫を凝らします。確かに、私の作品は一目で簡単に理解できるものではありません。しかし時間をかけて一つ一つ丹念に見ればパズルが解けるようになっている。完成した作品は私にも語りかけてくるので、私も「見る側」になり謎解きに挑むことが多い。人が私の作品に対峙し、対話を持ってくれるのは何よりも嬉しいことですね。
編:「時間」「記憶」「歴史」をモチーフにされた作品が多いですが、これらのテーマに惹かれるのは何故でしょうか?
NY:第一に、私は物語を構成するのが好きだという事です。時間は物語を生み出し、物語は時間に呼応する。
20世紀のフランスの哲学者ベルクソンは、「duration」という概念を発表しました。彼によれば、時間には2つのカテゴリーがある。科学により計測される時間=テクノロジー=と、自然界の時間=季節/太陽の昇降/人間の経験・認識的な時間など=です。 「It’s about time…」の中では、ビデオ・モニターそのものが科学的な時間(正確性)を象徴し、モニターに映る逆回転する時間(の映像)は、記憶と創造性を表しています。私はアーティストですから自然界の時間の側にいますが、「時間」というものを異なるコンテクストの中で扱っていく。機能しない時間、存在しない時間、完璧に流れる時間。これら様々な「時間」を「箱」の中にコンバインすることで、その作品にまた新たな「時間性」を生み出すんです。
編:ノーマンさんにとって「時間」とは、どのようなものでしょうか?
NY:月並みですが、年をとれば取るほど「時間」は瞬く間に過ぎ去っていきます。いつも同じ速度で過ぎ行き、常に存在する、絶対的な時間というのがあるように思えますが、それは真実じゃない。「時間」には実際、様々な速度がある。人によって“流れ方”は違うし、私達が考えるよりも状況や場所によって柔軟に変わるものです。「時間」は「概念」として人間がつくりあげたものでもある。実際、“ビッグバン”以前は時間は存在せず、今もある意味では“存在”しないと言っていい。私達がつくりあげたと信じているものであって…。時間とは一体、奇妙なものですよ。物理学的には量的な存在でありますが、私達が信じれば、そこに「時間」は存在する、と信じられている。
編:「時間」という概念を信じますか?
NY:分かりません(笑)。でも、人間はある程度、精神的に「時間」を行き来することができる、という考えは好きです。私達はしばしば無意識のうちに記憶を辿り、過去に起きた出来事を頭の中で修正する。記憶は至極、曖昧なものです。しかし、何をもって「正確」とするのか。例え過去のフィルムや写真を見ても、必ずしもそれが「真実」を伝えているとは限らない。私達は「時間」の中に住んでいるという理念にとらわれている。
私は過去の事柄にノスタルジーを感じるより、いま現在起きている事に対し、ノスタルジーを感じます。頭の隅で、今起きている事はいずれ過ぎ去り、いつかは思い出になる、ということが分かっている。だからこそ、今起きている事に対する思いを解放するようにしているんです。
カリフォルニア大学バークレイ校にいた1969年、「People’s Park Wire」(註7)に参加し、社会の激変を目の当たりにしました。私はこの運動に関する映画を作りましたが、内容は、当時20代の私が50代になった私自身に、いま何が起きているのか語りかけるというものです。多くの観客が涙しましたが、私も何10年後に見返して感動しました。スクリーンの向こう側には、無垢で、自信に溢れた当時の私がいる。フィルムに「記憶」は残っていますが、スクリーンの中で語っている自分も、それを見ている年をとった自分も、それぞれの「現在」は時間の経過と共に流れていくのを知っている。これが、私が感じる「ノスタルジー」なのです。
編:作品の中で、ご自身の体内に埋め込まれていたポンプ(註8)をコラージュの一要素として展示されました。
NY:脊椎に鎮痛剤を送るための装置です。5年でバッテリーが切れるので、交換の時に体内から出てきたもので、文字通り私の体の一部でした。いまや人間の生活からテクノロジーは切り離せませんが、私の場合は体内にもテクノロジーが侵入している。外と内の境界がなくなってしまった。人間と自然の境界も薄れつつあり、私のポンプはそれを象徴しています。
編:アメリカで、日系アメリカ人アーティストとして作品を作り続けていくことに、困難を感じられたことはありますか?
NY:それはありません。長い間、60年代からずっと、ビデオやフィルム、インスタレーションの制作を行い、現在はギャラリーでの個展に力を入れているという具合に、柔軟に活動しています。一つの領域に留まらず、フレキシブルに表現分野の領域を行き来しながら、私なりの視点や姿勢を保ち作品作りを続けていられるので、困難を感じたことはありません。
違う素材・表現媒体を使いながら、私の作品の根底に流れる主題は同じ、すべては人間の深層心理や個性、愛やロマンス、生命への問い掛けです。今は特に、神学物理学や宇宙論に興味があります。「私達は誰なのか」「どこから来たのか」「なぜ存在しているのか」「なぜ考えるのか」といった基本原理について思考を巡らせるのが好きですね。答えは無数にありますが。
編:それらは創作活動への推進力になっているのでしょうか?
NY:もちろん!考え過ぎて眠れなくなるということはありませんけれども(笑)。こういった問いかけは永遠に続くものです。答えは一つに絞れないし、人間の智恵には限界がある。それでも追い続ける価値がある。こういうテーマをインターネットで検索すると、何万という関連サイトにヒットする。それだけ多くの人が関心を寄せている証拠です。
現代は物凄いスピードで変化しています。科学やテクノロジーは人間の生活に絶大な影響を与え、追いつけ追い越せの時間レースを展開しながらどんどん新しい価値観を捻出していこうとしている。しかし私は、人の「英知」に勝るものはないと信じています。アーティストはこの英知に光を当てながら、魂の探索をしていくのが仕事です。自分の内面を鋭く見つめながら、己が誰でどこから来たかという永遠の質問を繰り返していく。終わりがない。だから楽しいんですけどね。
Interviewed by Yumiko Loose
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